没後70年 吉田博展
東京都美術館で開催されていた「没後70年 吉田博展」を観た。
最初に展示されていた、水彩画の"朝霧"という作品から空気の湿度が手にとるように感じられて、圧倒されてしまった。主に展示されていた木版画は、水や空気の流れをが描く細くてやわらかい線や、光を描くグラデーションがすごく繊細できれいだった。木版画といえば、もっと直線的な太い線ではっきりとした色使いで、具体的に言うとモチモチの木のイメージを持っていたので、展示されている絵が途中まで木版画とは信じられなかった。登山家でもあり標高の高い山に登って良い景色が見れるまでずっと居座るような豪快なエピソードもある人だったというのに、描く絵はこんなに繊細なのだな思ったが、これは少し失礼な感想かもしれない。
特に、"神樂坂通 雨後の夜"や、"瀬戸内海集 帆船 朝"といった、湿度の高い空気に光が滲む表現が、ため息が出るほどきれいで印象に残っている。少し薄暗い会場で、スポットライトに照らされた絵を少し離れて観ると、本当に光っているように見えた。色を重ねればどんどん暗くなるはずなのに、まるで 3DCG のブルームみたいに後からエフェクトかけたような色になっているので、どうすればこんな色が出てくるのかと不思議に思う。同じ版木を使って色を変えて時間の変化を描いているのも、版画ならではの表現でとてもおもしろかった。風景そのものが変わらなくても時間によって見える色は全然違う、という当たり前のことに改めて気付いた。気に入った景色があればずっと見ていられる人だったのだろうと思う。
ところで、先日のトライアローグ展のことを時間が経って思い返すと、やはりショッキングな体験だった。何が、ということを考えてみると、自分は世の中の物事を見聞きして何となくわかった気になって、へえ、なるほど、そういうことね、と感じる瞬間が好きで、だいたいのことは、見聞きすればそうなれると思っていた。トライアローグ展では、あまりにもそうなれなかった。絵を観て美しい、かわいい、楽しい、など根源的な感情で捉えることが難しく、難しいから考えるべき・理解すべきものとして捉えてしまった結果、消化しきれずモヤモヤを抱えてしまった。でも、その代わり美術を楽しむことに今までより興味が湧いた。トライアローグ展に行かなければ、今回の吉田博展に興味を持つこともなかったと思う。
観に行って良かった。純粋にきれいな絵を見て楽しむことができて、少し安心したのもある。あまりに良かったので図録を買った。妻の勧めで 大人が観たい 美術展 2021 という雑誌も買った。今年開催される美術展がいろいろ載っているので、気になるのを見つけて他にも観に行ってみようと思う。